コンセプト

新しいご縁がたくさん結べますように






伊達藩の商業地、御普代町
御譜代町(ごふだいまち)は、伊達政宗公が仙台に城を構える際、伊達家に従って商人たちが移り住んだ町人町で、当時の大町・肴町・南町・立町・柳町・荒町を指します。仙台の城下町建設時には、中心部に固めて置かれ、後に柳町と荒町が奥州街道沿いに移転・再設定されました。 仙台城の大手門から続く道筋と南北に走る奥州街道が直交する大町・芭蕉の辻界隈は、藩政時代からの繁華街。明治36(1903)年に洋風の七十七銀行が建築され、大正9(1920)年には藤崎百貨店が完成。同15(1926)年に仙台市電が創業、芭蕉の辻線も開通しました。写真提供:仙台市観光交流課




芭蕉の辻と晩翠草堂
仙台城大手門からの大手筋とこれに直交する奥州街道を基準に町割がなされ、大町・国分町の両町は城下の経済の中心地となりました。現在の芭蕉の辻は、日本銀行仙台支店、七十七銀行支店(旧、本店)などがこの十字路に面した金融街となっています。晩翠草堂(ばんすいそうどう)は「荒城の月」の作詞をした仙台出身の詩人、土井晩翠が晩年過ごした家。昭和20年7月、仙台空襲により、旧邸と3万冊の書籍を焼失しましたが、晩翠会の人々が発案し晩翠草堂を建設しました。「天地有情」の碑は、旧制二高の教え子が晩翠に贈った物です。
写真提供:仙台市観光交流課


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